作曲三昧

作曲家十河陽一の日常、非日常日記。

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音楽高校での授業

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4月です。

高校教師一年目が完全終了。

こしらえた資料やらテキストやら試験やらで本箱がすし詰め状態。わずか4コマでも、40人のクラス授業は新作2~3曲に匹敵するくらいの時間と精神力が必要なのでした。
「音楽理論」は私にとっては空気のように身近なもの。いつも傍らにあって、常に私の創作を支えてくれている存在。同じように生徒たちには、これからの長い音楽生活の糧として「音楽理論」とぜひ友達になってもらいたい。今は無理でも数年後には・・・そう願いながらの一年間でした。

大学組織を離れ、作曲の現場で過ごしてきた20年。
意地もあって、その間教育機関とは一切関わってこなかった私。
音楽専門とはいえ生涯ありえない思っていた高校の教壇に立つことになろうとは、一年と少し前は想像もしていませんでした。
しかし思いがけずと言っては失礼な話になりますが、この学校で、40人の才能豊かな子供たちと共に勉強できた日々は、私にとって発見と喜びに満ちたものとなりました。

今まで学校のことは一度も書いておりません。
それは、書くべきことがなかったのではなく、多すぎて書けなかったというのが正直なところ。
予定人数の倍以上の子供たちが押しかけて、帰れとも言えずひいひい言いながらやった夏の補習や、残っている子供たちの質問に答えていたら30分以上超過してしまった試験前の7限目など、専任の先生に叱られそうなことも色々。

ペダルを踏み込んだ全開ピアノめがけて勢いよくトランペットをぶっぱなしたり、低音が魅力の男子生徒のホーミーの実演(ホーミーとは肉声で倍音を作るモンゴルの民族発声)があったのは倍音の授業。倍音が聞こえた時の大歓声はすごかった。

とにかく私の教師経験が絶望的に乏しいことは事実。
それを補うために思いついたことは全てやってきた。
習うより慣れろと開き直ってはじめた小試験は20回以上。
最初の頃は教科書を見たり私に聞いたり友達と相談したりでわいわいやっていたものが、秋頃から、それぞれが静かに問題と向き合うようになり、年明けの過去問試験では、チャイムが鳴っても誰ひとり立ち上がらないで終わるまで必死で答えを書いていることもしばしば。
私が何も言わなくても、15~16歳の若者達は、人間として、そしておそらく音楽家としても日々確実に成長しているのです。

授業とは業(わざ)を授ける、あるいは授かるもの。
教師は当然、教え導き、与え授ける立場。
しかし身をもってクラス授業の難しさを教えてくれたのはまぎれもなくこの子たち。
なによりこのクラスにいると、離陸前の飛行機のような強い推進力を感じる。
そして10年後、あるいは15年後に、この子たちが音楽家として社会で活躍するようになった時、油断すれば着陸どころか墜落してもおかしくない年頃の私も、まだまだ現役として同じ空を飛んでいたいものだと思わせてくれる。

これからは毎時間「ありがとうございました~」の挨拶を交わし合い、感謝の気持ちで授業を終えたいものです。

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